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タイガーマスク運動先駆け男性の生い立ち~生まれてきたから謝れ!

タイガーマスク運動先駆け男性の生い立ち~生まれてきたから謝れ!

全国で「伊達直人」を名乗り児童相談所にプレゼントする動きが広まっています。いわゆる「タイガーマスク運動」です。

タイガーマスク運動は、2010年のクリスマスに群馬県の児童相談所に10個のランドセルを「伊達直人」の名前でプレゼントしたことがきっかけでおこりました。

伊達直人とは勿論本名ではなく、劇画「タイガーマスク」の主人公の名前です。

しかし、2016年12月7日に行われた「リアルジャパンプロレス」の大会で、タイガーマスク運動のきっかけを作った男性が、実名「河村正剛」で登場しました。

タイガーマスク運動の先駆け男性の正体とは?

なぜ今になって河村さんは実名で登場したのでしょうか?

河村さんは、最近徐々に下火になってきたタイガーマスク運動に残念な気持ちになっていたそうです。

そんな時、「初代タイガーマスク基金」の理事長である佐山聡さんと出会い、タイガーマスク運動の火を絶やさないために「子供たちのためなら顔も名前も公表してもいい」と決断したのだそうです。

ちなみに、初代タイガーマスク基金はこちら↓↓

河村さんは冒頭で紹介した「リアルジャパンプロレス」で以下のように語っています。

子供たちは虐待されるためではなく、抱きしめられるために生まれてきたんです。涙を流すためではなく、周りを笑顔にするために生まれてきた。これからも支援活動を続けていきます。すべての子供のたちへ、生まれてきてくれて、ありがとう!

さて、タイガーマスク運動自体は有名ですが、火付け役となった河村さんの生い立ちはあまり知られていません。

河村正剛さんの生い立ち

現在群馬県在住の会社員として暮らす河村正剛さんの生い立ちを、2016年12月26日号の女性自身で紹介されている河村さんへの直接インタビューを参考に紹介します。

河村さんには、母親の記憶がないそうです。幼い時に母親を亡くし、母の親戚の家に引き取られたそうです。当然、父親の記憶もありません。

実は、河村さんは母と夫との別居中に生まれました。つまり河村さんは、母の結婚相手とは別の男性との間に生まれた子供です。

そして、引き取られた母親の親戚に家で「タイガーマスク運動」につながる経験をします。

河村さんが小学生に上がる頃、母の親戚から「ランドセルなんて、欲しかったら自分で買え」と言われたのだそうです。河村さんは、なぜ自分にはランドセルがないのか?と思いながら、布製の手提げの買い物袋で通ったそうです。同級生に「(君は)自分で買ったの?」なんて質問した記憶があるそうです。

母親の親戚と5年間暮らした後に、父親の実家筋に引き取られたものの、中学生の育ち盛りの食卓が「焼いたにんじん1本」だったりして栄養失調になったこともあるそうです。

その後高校に進学し、生活費を稼ぐために土木作業員のアルバイトをして生活します。

卒業後に上京して東京近郊で職を見つけた河村さんは、19年前の24歳の時から子供たちへの寄付を始めたそうです。11歳の時に、父の親戚宅で「なんでお前なんかが生まれてきたんだ、謝れ!」と言われ、「生まれてきてごめんなさい」としか答えられないことがずっと心に残り、「大人になったら子供たちに寄付できる人間になろう」と決心していたのだそうです。

まとめ

河村さんは、2014年から初代タイガーマスク基金の理事に就任しています。

寄付先の一つの選択肢として初代タイガーマスク基金を覚えておきましょう。

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