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香川照之さんが妻から愛想を尽かされ離婚したキッカケは歌舞伎界大物からの悪口?

香川照之さんが妻から愛想を尽かされ離婚したキッカケは歌舞伎界大物からの悪口?

2016年12月14日に香川照之さんは離婚を公表しました。

離婚会見に応じた香川照之さんは「私の実力不足」を連呼。

そして、その表情はかなりお疲れの様子だったことが強く印象に残りました。

香川照之さんはなぜ離婚してしまったのか?

本当のところを深堀していきたいと思います。

香川照之さんの生い立ち

香川照之さんは、市川猿之助(現・猿扇)と浜木綿子さんとの間に生まれました。

しかし、父の市川猿之助さんはすぐに家庭を捨ててしまったため離婚。

香川照之さんと浜木綿子さんは完全に捨てられた形になったわけです。

「一生許せない」と香川照之さんが思うのは当然のことです。

45年間も父子断絶が続きました。

しかし、2011年に市川猿之助さんが脳梗塞を患ったことがきかっけで和解しています。

血のつながった父親であろうと自分たちを捨てた人間を最後に許すというのは、香川照之さんの人間としての大きさがあったのだと思います。

しかし穿った見方をすれば、香川照之さんにも「野望」ともいえる考えがあったのではないでしょうか。

香川照之さんの隠された野望

香川照之さんの心の中には、歌舞伎に対する複雑な想いがあったと思います。

芸能界では人気俳優として活躍していますが、本来であれば4代目猿之助として歌舞伎を盛り立てている立場です。

誰でも人気やコネがあれば成功できる可能性がある芸能界と歌舞伎界には歴然とした差があると思うのです。

自分(香川照之)が猿之助を継ぐのは無理でも「息子の政明に猿之助を継がせたい」(現五代目市川團子。2004年誕生)と思ったとしても不思議ではありません。

幸い?にして、腹違いの兄弟である亀治郎さんには子供がいません。亀治郎さんに4代目を継いでもらって、5代目は息子の政明さんが襲名するというシナリオは十分成立します。

しかし、香川照之さんと大きくすれ違ったのは妻である元CAである知子夫人です。

知子夫人の想定外とは?

知子夫人が香川照之さんと結婚したのは、1995年です。そして、香川照之さんが実父と和解したのは2011年です。

つまり、知子夫人が結婚した時はまさか子供が歌舞伎役者になるとは考えていなかった可能性が高いです。

梨園の妻になる気もなかったのに突然梨園の妻としての役割を求められるのですから負担は大きかったはずです。

しかし、子供のためなら頑張れるのはどの世界でも共通しています。2012年に政明くんが五代目市川團子を襲名した時は、毎日欠かさず劇場に足を運んでいました。

しかしある事件をキッカケにして、知子夫人は劇場に足を運ばなくなってしまったのです。

その原因は、お囃子のお偉方が公開したブログ記事にありました。

息子の政明くんを駄馬呼ばわりされる

実は、お囃子のお偉方が息子の政明くんを「駄馬」呼ばわりしたのです。

既に削除されていますが、以下の内容が2014年10月11日に公開されていたブログの内容です。

傳左衛門日記 10月11日
今月は国立劇場、染五郎丈の「鏡獅子」。
「食べたものが出る」という喩えが有るが、幼少から厳しく仕込まれているだけあって、金太郎君の胡蝶が品も行儀も良い。楽屋での挨拶からして、やはり違う。
世襲は環境である。血統が有ってもちゃんと鍛えられなければ只の駄馬
さて、八月から三ヶ月連続の獅子物であるが、よく曲中の「露の拍子」について、御覧になられた方々から楽屋口や道端でお声掛け頂き、ご質問ご評価を頂くので、回答まとめて。
あそこは古来、調べの音をさせなくてはならないところでは無いし、弱音でも無い。
或時、松竹座のこけら落とし辺りか、静寂の中の調べの音が更に静寂を喚ぶ感覚に襲われ、間を溜めて強い弱音を響かせる遣り方でやった時、中村屋に「あのイキとあのポンだ!今までずっと鏡獅子やってきたけど、初めて露の意味が解った!誰が何と言おうと今後はあれで!」と、自分で申すは気恥ずかしいが、ベタ誉め。
と同時に大きな課題。
鼓は気候、劇場の空調、音響等に影響され、ともすれば偶然の産物と言えるのを百発百中にしなければならない。
丈の「千万人と言えども我往かん」のあの闘志が乗り移り、精度を上げる練習。弱音は強音の十倍以上の、まさに寿命を削るような集中力と腕力を要しつつ、軽く打っているように見せなければならない。
私の遣り方は、先達には非常識と言われるかもしれないが、様々試行しつつ、平成25年現在は斯様な感じ、というのが回答である。
去年の勘九郎襲名で「鏡獅子」を野田秀樹さんと御覧になられたキャサリン・ハンターさんが開口一番「あそこは深い山の中の、花に水気が集まって垂れる音ね!」と、何の予備知識も解説も無く感想を仰っていたので、取り敢えず意図した通り伝わるようにはなってきたか。
それにしても現在は染五郎さん海老蔵さん猿之助さん、勿論勘九郎さん兄弟に菊之助さんと、「鏡獅子」を踊る技術と資格を持つ役者さんが大勢居る。
中村屋から頂戴した遺産を発揮する機会を多く頂くのは、本当に有難いことである。
こんなに早く「遺産」になると思わなかったが。
【引用:三響會Blog】※既に削除済

「血統が有ってもちゃんと鍛えられなければ只の駄馬」ですからね。

当時の政明は7歳ですから、大人がインターネットで公開するネタとしては行き過ぎだったと思います。

批評が本当だったとしてもわざわざ悪口とも受け取れる内容をブログで全世界に発信するのですから、素人からすれば「感じが悪い世界」だと思います。

その後ブログの内容を削除していますから、ご本人も「悪かったのかもしれない」という意識があったのかもしれません。罪の意識がなければ堂々を公開し続けていればいいのですから。

実際のところ、知子夫人は心に大きな傷を負ってしまったようです。

お囃子のお偉方がブログで、名指しこそしないものの、團氏だとわかる内容で”駄馬”と称したのです。その際、香川さんは遠慮して、息子を守る行動に出なかった。それが、知子さんが劇場に行かなくなった原因だと思います。梨園のプレッシャーで、彼女はみるみるうちに痩せてしまった。”俳優の妻になったけど、梨園の妻にはなりたくない”って涙ながらにこぼしていましたね。(香川家に近しい人)
【引用:週刊女性2017年1月3日・10日号】

まとめ

歌舞伎の世界に振り回される人生に自ら足を踏み入れた香川照之さんと息子さんには、いばらの道が待っているのかもしれません。

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