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柏原芳恵の現在は事実婚25年のマネージャーを看病の日々

柏原芳恵の現在は事実婚25年のマネージャーを看病の日々

アイドルのファンは青春時代を振り返るたびに、当時ファンだったアイドルの現在を思い起こすものです。

さて、柏原芳恵さんは現在どのように過ごしているのでしょうか?

今回は、柏原芳恵さんの過去から現在を振り返っていきたいと思います。

柏原芳恵さんの現在

本記事は以下のテーマに沿って紹介していきます。

  1. アイドル時代(1979年~)
  2. 事務所独立(90年代前半)
  3. アイドル卒業後の活動
  4. 現在

アイドル時代(1979年~)(1)

1979年秋、日本テレビ系『スター誕生!』に出場し、清水由貴子の「お元気ですか」を歌って合格してから柏原芳恵さんの芸能生活がスタートします。

当時は14歳だった柏原さんの可愛さは飛び抜けています。(ちなみに、生年月日は1965年10月1日)

そして、1981年10月15日に7枚目のシングルとして発売された「ハロー・グッドバイ」は、オリコンチャート最高6位まで上昇しました。

この曲のブレイクにより柏原芳恵さんは、松田聖子、河合奈保子さんと並ぶ昭和のアイドルの代名詞に名を連ねることになります。

当時の動画を思い返しても、やっぱり可愛いですね。

 

この可愛さにファンになった人は数多く、芸能界では以下のようなメンバーがファンであることを公言しています。

  • ホンジャマカの石塚英彦
  • ナインティナインの岡村隆史
  • SMAPの中居正広
  • さとう珠緒

また、全盛期には皇太子殿下お気に入りの「ロイヤルアイドル」と騒がれ、テレビ局幹部の息子の医大生(当時)や若手俳優との噂を次々と報じられていました。

さらに、アイドル時代の逸話といて有名なのは2つです。

  1. すっぴん事件
  2. 生放送ずっこけ事件

すっぴん事件(1-A)

芸能レポーターとして有名な井上公造さんが、2010年にテレビ「HEY!HEY!HEY!SP」に出演した時に、柏原芳恵さんのスクープを狙って張り込んだ時の経験を明かしています。

「春なのに」も卒業ソングの名曲としてランクインしていたのはファンの力ですね。

井上氏いわく、当時柏原さんのスクープを狙って張り込んでいたところ、すっぴんの柏原さんを見かけてしまったのです。

そして、井上公造さんは芸能レポーたーであるにも関わらず、写真も取らず話しかけることもせず、美しいすっぴんに見とれてしまったそうです。

生放送ずっこけ事件(1-B)

柏原さんは、生放送中の音楽祭中にヒールが引っかかってしまい、「きゃぁ~待って~」と叫んでしまったそうなのです。

中島みゆきさんとの対談の中で、当時の様子をご本人が語っています。

事務所独立(90年代前半)(2)

大人気の柏原さんでしたが、デビュー以来所属していたゴールデンミュージックプロモーションから独立します。

そして、テレビ以外の仕事を優先することになります。

テレビ以外の仕事で幅を広げるというのはあくまで表向きの説明であり、事務所から独立して干されていたという噂もあります。

最近では、「あまちゃん」の主演で活躍していた能年玲奈さんが「レプロ」から独立し、芸能界から干されています。

朝の連続テレビ小説で大人気女優に上り詰めた方が、大人の都合で干される姿を目の当たりにするのは気持ちのいいものではありません。

また、国民的アイドルのSMAPも生放送強制謝罪という屈辱を味わっています。

2016年になっても芸能人は事務所の奴隷だという事実が明らかになっているわけですから、1990年当時はさらに芸能事務所の圧力は強かった時代だと推測できます。

アイドル卒業後の活動(3)

アイドルを卒業してからは、歌手活動だけではなく個展なども開かれているようです。

また、2006年に出した新曲「MaMa」は実に16年ぶりのシングルでした。

そして、2016年4月には男性アーティストの名曲をカバーしたアルバム「アンコール3」を発売しています。

数年前までは、懐かしのアイドル大集合的なコンサートにもよく出演していました。

しかし、芸能活動は抑え気味です。

その裏には、ある男性の存在が関係しているようです。

柏原芳恵の現在(4)

柏原芳恵さんは現在、2001年に一部で報じられた不倫略奪愛同棲の相手と事実婚のまま暮らしているそうです。

その男性の体調が最近芳しくないらしく、今は芸能活動よりも看病を優先していると2016年9月26日号の週刊文春で報じられています。

さて、この男性は一体何者なのでしょうか?

この男性は、柏原さんよりも22歳年上の男性で、2人の出会いは1990年にさかのぼります。

1990年といえば、柏原さんが25歳の時です。

1990年に「女ギャンブラーリベンジ香港」というVシネマに出演した際に、ロケ先の香港でアクションを指導したのがこの男性だったといわれています。

そして、よく91年には日本と香港の合作映画「メイプル・オン・ファイヤー」ではこの男性が監督を務め、その主演が柏原さんでした。

つまり、2年で2回の海外ロケを一緒に過ごしたことで、2人の関係が急接近したといわれています。

実はこの男性は、実力ある武闘家として香港や台湾で活躍し、カンフー映画のファンには知られた存在だったといいます。

しかし、当時この男性には奥さんと当時中学生、小学生の子供がいたのです。

「略奪愛」と騒がれても仕方がありません。

結局男性は、家族を香港に置いたまま日本に在住することになります。

その後この男性は、柏原さんが社長を努める個人事務所の「エグゼクティブプロデューサー」の名刺を持ち歩くようになり、その後はその事務所の取締役に就任します。

その後は、柏原さんが建てた事務所の所在地でもある都内の自宅で一緒に暮らしているそうです。

まとめ

不倫が騒がれる現在で同じことをやったら、すぐに世の中に拡散されてしまうでしょう。

そして、芸能活動どころではなくなってしまったと思います。

日本は女性の不倫に対して過剰とも言えるほど敏感に反応するお国柄ですから、きっと当時の価値観であればメディアに叩かれたと思います。

しかし、25年の長期にわたり連れ添ったのであれば周囲が騒ぐほどのことは何もないとも言えます。

当時のファンも今はもう大人になり、ショックを受ける人も少ないでしょう。

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