経済学の前提思想

ジョン・ロック

あらゆる学問には前提というものがあります。経済学にも前提なるものがあるのですがご存知でしたか?

経済学の対象範囲

社会科学の中で、経済学ほど研究対象が限定されている学問は他にはありません。指摘されてみれば当たり前な気もするでしょうが、経済学が対象とするのは「近代資本主義」だけです。

政治学であれば古代ギリシャやローマ帝国の時代にまでさかのぼって研究することもありますし、社会学では蟻(あり)や猿にまで対象を広げますが、(繰り返しになりますが)、経済学では「近代資本主義」だけが研究の対象になっています。

ですから経済学を理解するにあっては、近代資本主義とは何か?いかにして近代資本主義が生まれたのか?ということを理解するのが重要です。

しかしそれ以前に、そもそも近代資本主義を動かしているものはなにか?ということを理解することが、経済学をスムーズに理解するコツになります。

近代資本主義の根本

近代資本主義の根本にあるのは「私的所有」の概念です。

資本主義では合理的に利益を追求することが求められますが、私的所有の概念がなければ合理的に利益を追求することが難しいことは少し考えてみればわかるはずです。

例えばあなたが労働した結果得た利益が、あなたのものであるかどうかわからない状態だとしたらどうでしょう?あなたは労働を頑張ることができたでしょうか?

もしくはあなたがオーナーになっている企業が、現場の社員によって実効支配されてしまい、現場の社員があなたのいうことに耳を貸さなくなったらどうでしょうか?あなたは積極的にオーナーになることを望むでしょうか?

以上の質問からも理解できるように、あなたが労働者であるにせよ資本家であるにせよ、私的所有権は資本主義を成立させる上で必要不可欠なものなのです。

そこで私的所有の概念がどのように生まれたのか?という点について解説しておきたいと思います。

ジョン・ロックの思想

ジョン・ロックの教義(社会契約や抵抗権についての考え)はアメリカ独立宣言、フランス人権宣言に大きな影響を与えましたが、経済の分野においても「労働の投下をもって私有財産を正当化した」ことでも有名です。

労働の投下をもって私有財産を正当化する」というのは、現代では当たり前のように感じるでしょうが、必ずしもそうではありませんでした。

例えば哲学者のトマス・ホッブスは、以下のような世界観をもっていました。

ホッブスの思想

身分や特権をはぎ取られた平等な状態(自然状態)において、人間は有限な資源をめぐって争う

なぜならば人間は動物と異なり予見能力があるために、今の飢えや渇きだけでなく未来の飢えや渇きも行動の動機になるからだ。

しかし自然状態における戦いにおいて、最終的勝者はいつまでたっても決まらない。

なぜならば自然状態では個々の力の差もあまり大きくなく、一番弱い人間でも隙をうかがえば一番強い人間にも勝てるからだ。

ホッブス曰く、自然状態では有限な資源をめぐっての「万人の万人に対する戦い」の状態が続くのであり、すなわち「人間は人間に対して狼である」というのです。

以上、ホッブスの思想を紹介しましたが、ロックもホッブスと同様に、理性的な人間をモデル(理念型)として把握しようとしました。

しかしロックとホッブスではその思想に大きな違いがありました。ホッブスが「人間は有限な資源をめぐって争う」と考えた一方で、ロックは「資源は有限ではなく、労働を投下することによって、増加させることが可能である」と考えたのです。

現代人のわたしたちにとっては当たり前すぎるほど当たり前の考え方ですが、当時は当たり前ではありませんでした。

例えば奴隷が労働を投下して作り出した資源の増加は奴隷の所有物ではありませんでしたし、農奴(のうど)が労働を投下して作り出した資源の増加は、一部だけが農奴の所有物であり、大部分は領主(土地の所有者)の所有物でした。

しかしロックのモデルによれば、自然状態における人間は生命・身体・自由を所有しているので、その人間が身体を自由に動かして得られた資源の増加はその人間のものであるという理屈が成り立ちます。かくして私的所有権というものが生まれるのです。

ここで重要なポイントは、私的所有権は「自然状態から生まれた」ということです。なぜ?この視点が重要なのかと言えば、私的所有権というものは社会や国家が発生する以前にすでに発生している権利であり、だからこそ私的所有権は絶対であるという経済学の思想につながるからです。