ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー ~ 仕事が祈りになる体験

ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー

『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』という作品を鑑賞しました。

この作品を観てわたしは、自分の就職活動時のことをいろいろと思い出しました。

必死こいて就職活動したわたしは、運よく新卒で外資系の戦略コンサルタントという肩書を手に入れました。

当然、就職面接で志望動機などをアレコレと質問されましたし、内定を頂けたぐらいですから面接官の納得する「大人の回答」ができていたのだと思います。

しかし実は・・・・わたしの志望動機のさらに奥底にある「本当の欲望」は面接官に隠していましたし、当時は自分ですら気づいていませんでした。

わたしの志望動機の奥底に隠れていた「本当の欲望」とは、ズバリ「美人と付き合いたい」でした。

イケメンでもなく高身長でもなかったわたしは、職業による「肩書」と「高収入」という、自分の魅力を水増してくれそうなわかりやすい「何か」が欲しかっただけなのです。

なぜ?こんな話をしたのかというと・・・・・

小説『ライ麦畑でつかまえて』で有名なアメリカ作家サリンジャーも、似たような状況から作家人生をスタートさせていたことを映画『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』を通じて知ったからです。

ライ麦畑の反逆児(予告)

警告

これ以降の内容は、ネタバレも含みますのでご注意ください。

あなたにとっての仕事とは?

サリンジャーが「小説家」から、「作品の出版」を目指すきっかけは有名女優を口説き落とすためでした。

サリンジャーが好意を寄せていた有名女優が男を判断するモノサシは、サリンジャーの「小説家」という肩書などではなく、「この男の作品は世間に認められているのか?」ということだったからです。

なんちゃって小説家では有名女優と釣り合うわけもなく、有名女優を口説きたくてもろくに会話する時間するチャンスすら与えられない状況に、サリンジャーの「出版したい願望」は爆発するのでした。

サリンジャーは「出版したら幸せが待っている」と信じて文章を書き続けます。そして念願の作家デビューを果たし、念願の有名女優との交際するまでに成功します。

しかし幸せ絶頂のサリンジャーをさまざまな苦難が容赦なく襲うのです。

戦争に駆り出されたサリンジャーは大切な仲間を失うだけでなく、恋人のウーナも超大物俳優「チャップリン」と結婚してしまうのでした。

さぞかしサリンジャーは、自分の努力ではどうにもできない「運命」の残酷さや、社会の中での弱肉強食を呪ったでしょう。

しかし世の中はそんなものなのです。

いつ死ぬかわからないし、努力して肩書を手に入れたところでその肩書は「より魅力的な肩書」に追いやられてしまうのです。

それらはまさにサリンジャーが経験したことであり、この文章を書いているわたし自身も経験したことです。

期待しては裏切られるということを繰り返すうちに、一部の人は「期待するから裏切られるのだ。」ということに気づきます。

そして「期待するから裏切られる」という法則からは一生逃れられないのだ・・という残酷な事実に気付いた時、決断を迫られるのです。

2つの選択肢

1つ目の選択肢は、「期待するから裏切られることを承知の上で、それでも前に進む」という選択肢です。

ひらたくいえば「頑張っても会社から認められないかもしれないが、それでも出世のために頑張る」、とか、「結婚相手が浮気するかもしれないけど、永遠の愛を信じて結婚する」というような態度です。

2つ目の選択肢は、「他人に一切期待しないかわりに、他人からの期待をすべて拒絶する」という選択肢です。

以上2つの選択肢はいずれも極端ですので、実際は2つの選択肢を行ったり来たりするのでしょうが、晩年のサリンジャーは2つ目の選択肢を採用しました。

サリンジャーにとっての執筆活動は「祈り」になったのです。サリンジャーにとっての執筆活動は、モテるためでも、親から認められるためでも、世間から賞賛を受けるためでもなかったのです。

最後に

日本人にアイデンティティーは?と質問すると、「職業」などの社会的に役割を答える傾向がありますが、まったくアイデンティティーの意味を理解していません。

本来のアイデンティティーとは、「社会的な役割のすべてをはく奪されても、あなたに残るもの」なのです。つまり家族を失っても無職になっても、自分が自分であると思えるものがアイデンティティーです。

サリンジャーにとってのアイデンティティーは「執筆活動による瞑想」(書いて祈ること)でした。あなたにとってのアイデンティティーはどのようなものでしょうか?