東京電力はなぜ無罪なのか?

東京電力 無罪

山一證券が破綻した時、社長は会見で「わたしたちが悪いのであって、社員は悪くありませんから。」と述べました。

「社員は悪くないとしても経営者が悪いのは当然」という意識は日本人には根強いようなのですが、経営者が必ずしも刑法で裁かれるとは限らないのです。

東京電力無罪の理由

2019年9月19日、東京電力の福島第1原発の事故をめぐり、旧経営陣3人が業務上過失致死罪で強制起訴された裁判で、東京地裁はいずれも無罪の判決を言い渡しました。

無罪の理由は2つ。1つ目は「巨大津波の予見は困難だから」、2つ目の理由は「結果の回避は困難だから」です。

政府の専門機関による地震予測(以下、長期予測)では、「最大15.7メートルの津波がくること」は明確に指摘されていました。

裁判では被告人の一人(武藤被告)が2008年6月にはその報告を受けていたことが明らかにされているし、2009年4月にはもう一人の被告(武黒被告)も報告を受けていました。

しかし裁判所は「運転停止措置の義務を課されるほどの予見可能性はなかった」と判断し、無罪判決を下したのです。

ひらたくいえば「デカい津波がくるかもしれないが、それだけで原発を止めるなんて大袈裟な」というわけです。

なぜ?東京電力の経営陣は長期予測の判断に抗い、防波堤への津波対策をしなかったのでしょうか?

コストがかかるから

ここからはあくまでも推測ですが、東京電力の経営陣が恐れていたのは「原発停止」です。

防波堤への工事をするとなれば、近隣住民に説明会を開かなければいけません。

東電はその理由を「これまでの想定を超えた大きな津波がくるかもしれないから」と説明するでしょう。

あなたが住民であれば、「であれば、工事が終わるまで原発を停止したほうがいいのでは?」とツッコミたくなるはずです。

しかし東電は原発を停止するわけにはいきません。なぜならば原発を止めると大きなコストがかかるからです。停止中の原発を維持するだけで数兆円のコストがかかるのです。

参考 なぜ政府は6兆円も無駄遣いしてまで原子力発電所を停めるのかGEPR

企業の利益だけを考えるのであれば、経営者としては「問題を先送り」するのが正解になってしまいます。実際コスト負担の観点から「原発が再稼働するのは(日本がまともな国なら)最初から決まっていたこと」と指摘する人もいます。

参考 なぜ原発を止めると燃料費だけで毎年4兆円も損するのか?アゴラ

ここであなたはきっと「そもそも個人に責任を押しつけることは難しいのではないか?」と思うのではないでしょうか。

なぜならば原発を止める止めないの話は、企業全体だけでなく、国のエネルギー政策レベルを含めた議論になってしまうからです。

であれば、なぜ?個人ではなく企業全体の責任を問わないのでしょうか?そもそも経営者3人を「業務上過失致死罪」で罪に問うこと自体に無理があるのではないでしょうか?

刑法には両罰規定がない

個人ではなく法人としての責任をとらせるべきでは?という議論は、1985年のJALの日航機墜落事件の時からあります。

アメリカでは法人への懲罰的損害賠償というものがあります。例えば2019年8月26日、米製薬大手ジョンソン・エンド・ジョンンソンは5億7200万ドル(約606億円)の制裁金の支払いを命じられています。

しかし日本の刑事司法には、『法人への罰金規定がない』のです。だから何か大きな事件が起きた時には「特定の個人」を裁くしかないのです。

特定の個人を裁くことは大きな問題の原因になります。例えば大きな事件が起きた時、その事件の真相解明が遅れてしまいます。

なぜならば「もしかしたら罪に問われるかもしれない」とおびえる企業経営者は、事件の真相を追求するよりも真相を闇に葬ったほうが得をすると考えるからです。

実際問題として今回の裁判においても、裁判をしなければ闇に葬られていた事実の数々が明らかになっています。興味のある方は副島原発訴訟原告弁護団の会見をご覧ください。

最後に

毎日新聞はこの無罪判決について、「この判決により、事故に対する責任がそもそも東電になかったということにはならない」と指摘しています。

しかし「司法が企業を裁かない(けない)」という現状は変わりませんので、今後も法人の責任は問われない状況は続いていくことでしょう。

先ほど紹介した動画では、原告団の一人である河合弘之弁護士は「国民が一番心配しなければいけないのは、巨大企業による重大事故。なぜならば現在の刑法理論においては大企業の責任追及ができないから。」という趣旨のコメントしています。

原発事故で刑法が変わらないなら、もう日本が変わる可能性を望むことはできないと思います。あなたはどう思いますか?