5.共同体感覚は言葉を超える

「共同体感覚」を理解し、日常生活で実践できるようになるまでには相当時間がかかりそうです。

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共同体感覚はアドラー心理学の鍵概念であり、共同体感覚を理解しないことには、アドラー心理学を理解したことにならないというほど重要な概念であるものの、「嫌われる勇気」の読者のなかで、共同体感覚を理解できた人はほとんどいないのではないでしょうか?

共同体感覚とは?

共同体感覚における「共同体」について、こんなセリフがあります。

アドラーは自らの述べる共同体について、家庭や学校、職場、地域社会だけでなく、たとえば国家や人類などを包括したすべてであり、時間軸においては過去から未来までも含まれるし、さらには動植物や無生物までも含まれる、としています。

嫌われる勇気

哲人からアドラー心理学における「共同体」について説明を受けた青年は「は?」と驚いていますが、読者の多くも「は?よくわからない・・・・」と感じたのではないでしょうか?

なぜ共同体感覚にについて「嫌われる勇気」や「幸せになる勇気」を読んでもよくわからないのかといえば・・・・おそらくその最大の理由は、共同体感覚は言葉で理解するものではなく感覚で理解するものだからでしょう。

そう。共同体感覚はあくまでも「感覚」なのであって、感覚である以上、言葉で説明しようとしても限界があるのです。ここで思い出してほしいのが、アドラー心理学とギリシャ哲学の関連性について説明したときに紹介した「人類学的二項図式」です。

人類学的二項図式

人類学的二項図式
  • ギリシャ的 VS エジプト的(ソクラテス)
  • 主意主義 VS 主知主義(フリードリヒ・シュライアマハー)
  • 自立 VS 依存・没主体(マックス・ウェーバー)
  • 想像界 VS 象徴界(ジャック・ラカン)
  • 心ある道 VS 心なき道(見田宗介)
  • 内発性 VS 自発性(宮台真司)

今回はせっかくの機会なので、人類学的二項図式の事例を更新して解説を続けることにしましょう。

人類学的二項図式(NEW version)
  • 贈与 VS 交換
  • 詩(うた) VS 散文
  • 身体性 VS 概念性
  • ギリシャ的 VS エジプト的(ソクラテス)
  • 主意主義 VS 主知主義(フリードリヒ・シュライアマハー)
  • 自立 VS 依存・没主体(マックス・ウェーバー)
  • 想像界 VS 象徴界(ジャック・ラカン)
  • 心ある道 VS 心なき道(見田宗介)
  • 内発性 VS 自発性(宮台真司)

限界に挑戦してみたい

アドラー心理学はギリシャ哲学と地続きの思想である以上、そもそも「共同体感覚」は散文(つまり言葉)による概念の説明で理解できるものではないのです。

人類学的二項図式(NEW version)を確認すれば、ギリシャ的な思想(つまり共同体感覚)を理解する鍵が、詩(うた)や身体性といったものにあることは一目瞭然でしょう。

である以上、ここでわたしが「文章」というツールを用いて「共同体感覚」を説明することにも限界があることは明らかです。しかし今回はあえてその限界に挑戦してみたいと思います。

そう。共同体感覚を理解する上で役立つ詩(うた)や身体性を想起させる動画などをチェックしてもらうことによって、共同体感覚への理解を少しでも深めてほしいと思っているのです。

彩り

Mr.Childrenの「彩り」という曲にはこんな歌詞があります。

僕のした単純作業がこの世界を回り回って、まだ出会ったことのない人の笑い声をつくってゆく。

そんな些細な生き甲斐が日常に彩りを加える。モノクロの僕の毎日に少ないけど 赤 黄色 緑。

アドラーは対人関係のゴールを共同体感覚に設定した上で、そのためのタスクとして仕事のタスク・交友のタスク・愛のタスクの3つを挙げています。

あなたの仕事が世界を回って、まだ出会ったことのない人の役に立ち、その人は現在生きている人だけでなく、将来生きている人の役に立つことかもしれない・・・ということを想像するだけで人生に彩りが加わりませんか?と、Mr.Childrenは問うているのであって、彩りを実感することこそが共同体感覚そのものなのです。

さきほど紹介したMr.Childrenのミュージックビデオでは、人間と人間が糸でつながっていますが、その糸が普段は目に見えない人間関係なのです。そして普段は目に見えない人間関係の糸は、先祖や子孫にまでつながっていくのです。

環境

養老孟子先生の「宇宙も全部(自分と)つながっている」、「我々は環境そのものである」という気づきを与えてくれる秀逸な講義です。ここで重要なことは、日々の生活のなかで共同体感覚を実感できるかどうかです。

この世の中のあらゆるものに対して、自分とのつながりを実感しながら生きることが、共同体感覚を理解する第一歩になるでしょう。